2016年度入試から始まった私立大学入試の定員管理厳格化。
入学定員を超過した私立大学に対して、経常費補助金の配分基準を厳しくするというこの政策は近年の大学入試に大きな影響を与え、受験生にとって混乱の多い状況が続いていました。
例えば、「繰り上げ合格の通知が3月末に来て進学先を決めるのに苦労した」「模試A判定だったのに不合格になった……」などの悲鳴が多くの受験生から上がっていたのです。
しかし2022年6月6日、文部省が来年春の2023年度入試から私立大学定員管理の厳格化を緩和する方針であることが、報じられました。
これまで大学受験生の多くに影響を与えてきた定員管理厳格化が緩和されるということで、一体どのような変化が起こるのでしょうか?
この記事では、私立大学入試の定員管理厳格化の背景、緩和によって起こると考えられる影響について詳しく解説します。
大学入試の定員管理厳格化とは
大学入試の定員管理厳格化は簡単にいうと、「入学定員よりも入学者を多く入れたら、国からの補助金をあげませんよ」というものです。
定員に対する入学者率が一定の基準を超えた大学は、補助金を減額すると文部科学省が発表したことで、定員以上の合格者を出さなくなりました。
それまでは、あらかじめ決定した入学定員の通りに合格者を選抜する試験が「入試」ですが、多くの私立大学では、入学定員を大きく上回る合格者を出すことがほとんどでした。
その結果、本来の定員を大きく上回る数の生徒が入学するということもあったのです。
文部科学省がこれを問題視したことで、「大学入試の定員管理厳格化」を行い、定員管理の基準が厳しくなりました。
具体的には、不交付基準は2016年度、2017年度、2018年度の3年間で段階的に厳しくなっていきました。
大規模(8,000人以上) | 中規模(4,000人以上〜8,000人未満) | 小規模(4,000人未満) | |
2016年度 | 1.17倍以上 | 1.27倍以上 | 1.30倍以上
(据え置き) |
2017年度 | 1.14倍以上 | 1.24倍以上 | |
2018年度 | 1.10倍以上 | 1.20倍以上 |
大学入試の定員管理厳格化の目的・背景
ここからは、大学入試の定員管理厳格化の目的や背景について見ていきましょう。
1:私立大学は入学辞退を見越し合格者を多く出していた
なぜ、私立大学では入学定員を大きく上回る合格者を出していたのでしょうか?それは「入学辞退者が出ることを見越した措置」のためという理由が大きいでしょう。
国公立大学の場合、多くの受験生がその大学を第一志望としますが、私立大学の場合は併願であるケースが少なくありません。いわゆる滑り止めとしての受験です。
そのため私立大学はある程度、入学辞退者が出ることを見越して、定員よりも多く合格者を出していました。
また、入学者が増えれば、同時に入学金や授業料の収入が増加するという思惑も理由のひとつでしょう。文部科学省からすれば「入学者が多い分、それだけ入学金・授業料が増えているのだから国からの補助金は必要ないだろう」ということで、厳格化によって補助金を配らないことにしたのです。
しかし、補助金は私立大学にとって重要な財源です。
日本私立学校振興・共済事業団が公表したデータによれば、私立大学や私立短期大学の財源の約8割が学生の収める授業料などで、約1割が国からの補助金を占めています。
補助金がカットされれば場合によっては億単位の損失が出てしまう可能性があったため、大学は何としてでも基準を死守する必要がありました。
2:大都市圏への地方の若者流入を防ぐ目的
文部科学省が問題視したのは、私立大学への入学者数が定員超過したこと自体ではなく「3大都市圏の私立大学に若者が集中したことで、地方の私立大学が定員割れを起こしていた」という状態についてでした。
私立大学の入学定員は2014年度時点で約4万5000人も超過しており、そのおよそ80%となる約3万6000人が東京・大阪・名古屋の3大都市圏の私立大学に集中していたのです。これは、政府が推進する地方創生の観点からも対策に乗り出す必要があるものでした。
そこで、定員管理の厳格化を求めたというのがこの政策の背景です。
大学入試の定員管理厳格化の影響
大学入試の定員管理厳格化の影響を受けたのは私立大学だけではありません。私立大学を受験する受験生たちにも、大きな影響を与えました。
1:私立大学入試の難化
大学入試の定員管理厳格化の影響のひとつが、私立大学入試の難化です。
定員管理厳格化によって、私立大学はこれまでよりも合格者数を絞らなければならなくなりました。入学定員管理の基準はかなり厳しいものであり、中には極端に合格者数を絞る私立大学もあったようです。
合格者数を絞るということはつまり、合格するのが難しくなるということです。
大学入試の定員管理厳格化が始まった当初はそこまで入試の合否結果に大きな影響を与えているようには見えなかったものの、2016年度、2017年度、2018年度と厳格化の基準が厳しくなっていくにつれて、入試の合否結果にも影響が現れてきました。
2018年度や2019年度にもなると、「模試がA判定だったのに不合格になった」というケースが全国の私立大学で多く見られるようになったのです。
大都市圏の人気私立大学や有名私立大学をはじめとして、多くの私立大学で合格難易度が高くなるという影響が見られました。
また、大学入試の定員管理厳格化によって受験生や保護者に焦りが生まれ、一人あたりの併願校数がアップしたことで受験倍率が高くなったことも私立大学入試が難しくなった原因でしょう。
2:追加合格の増加
合格の難易度が急激にアップした私立大学も多かった一方で、3月後半になって諦めていた大学から合格通知が届く「追加合格」も増加しました。追加合格(補欠合格)とは、入学を辞退した人が出た場合に代わりとして繰り上げて合格とする仕組みです。
入学定員を大幅に超えてしまうと補助金がカットされてしまうため、合格者数を絞る必要がありますが、逆に定員不足になってしまえば、それを補う必要が出てきます。
そのための対策が追加合格の増加です。基準を超えて補助金をカットされないよう、入学辞退者の数に合わせて繰り上げて合格を出すという方法で合格者の数の調整が行われました。
しかし、合格とはいっても、追加合格の増加は大学受験生に好ましいものではありませんでした。追加合格の順番がいつ回ってくるか、そもそも回ってくるのか来ないのかは、わかりません。
また、順番が回ってきたとしても、すでに他の大学へ入学手続きや住む部屋の契約がすべて終わった後というケースもあり、受験生の今後の人生を左右する「大学進学」という状況において、追加合格が増えていた状況が問題視されました。
大学入試の定員管理厳格化の緩和について
私立大学入試が難しくなったことや、追加合格が増えたことは多くの大学受験生たちやその家庭を混乱させました。「この混乱を解消させるためにこれまでの基準を緩和しよう」というのが、2023年度から導入予定の大学入試の定員管理厳格化の緩和の背景です。
ここからは、大学入試の定員管理厳格化の緩和について詳しく見ていきましょう。
大学入試の定員管理厳格化の緩和の内容
大学入試の定員管理厳格化の緩和は、あくまで基準の緩和であり、定員管理そのものがなくなるわけではありません。
そのため、私立大学が合格者数を絞ったり、追加合格を出したりしなくなるわけはないものの、これまでのような極端な変動は少なくなっていくと考えられるでしょう。
具体的には、管理の基準が「入学定員」ではなく「全学年の総定員」で判断という形に切り替えていくとされています。
大学入試の定員管理厳格化の緩和による影響
全学年の総定員に対してどの程度の制限があるのかはっきりしていないため、現段階では影響の大きさは予測できないものの、大学入試の定員管理厳格化の緩和により私立大学は合格者数の調整が行いやすくなるでしょう。受験生にとってもプラスの変化です。
しかし、ある年度の入学者数が多ければ、翌年には人数を絞らなければいけなくなる仕組みです。そのため、合格難易度が年度ごとに変化する可能性が考えられます。
また、上位校の繰り上げ合格で入学式直前に学生を奪われてしまうなどによりこれまで苦戦した学校は多めに学生をとることも予想されます。そして、小規模の学校であればあるほど、受験生がまわってこなくなり、苦戦する可能性もあります。
どのような変化が起こるか、推移を注視する必要があるでしょう。
大学設置基準見直しの動き
大学入試の定員管理厳格化の緩和は、入試の混乱解消のみを目的したものではなく「大学設置基準の見直し」という取り組みの一環といえます。
新型コロナウイルス感染症の影響によるオンライン授業の急速な普及、グローバル化の進展などにより、定員管理の前提である「教室での一斉授業」は今の大学での学びの実態に合わなくなってきています。
現在の大学教育の基準となる大学設置基準を改正することで、大学側の大胆な教育内容の改善を促すという動きを後押しするのが、現在の大学改革の方向です。入試だけではなく、大学での学びについてもこれから変化していくでしょう。
まとめ
2016年度入試から始まった私立大学入試の定員管理厳格化とは、大学の入学者数を超過した場合は補助金がカットされるというものです。
もともと入学定員を大きく上回る合格者を出していた私立大学が合格者を絞ったことで、結果的に受験生たちやその家族に大きな混乱を与えてしまっていました。
2023年度入試から導入を予定している緩和は、この状況を解消することを目的としたものです。現段階では影響の大きさは予測できないため、今後もしっかり見守っていく必要があるでしょう。
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